自由工房 1977年作品
薄墨の桜
カラー42分

        
製作       工藤 充      録音       片山幹夫     
脚本・演出   羽田澄子      ナレーター   香椎くに子
撮影       西尾 清      ギター演奏   岩崎光治
          瀬川順一      題字       松井春子
          若林洋光
ネガ編集    加納宗子
協力       諏訪 淳 ・ 岡本光司  ・  伊藤雅則
製作協力    岐阜県本巣郡根尾村  ・  教育委員会  ・  村の皆さん
                 
                  薄墨の桜」について   羽田澄子

  
 「薄墨の桜」というのは、岐阜県根尾川の上流にある桜の古木で、推定樹齢1300年余。天然記念物に指定され、継体天皇のお手植えという伝説があります。私とこの桜のめぐり合いはまったく偶然のことでした。岩波作品の「狂言」のロケーションで根尾村の能郷という部落に行ったのがきっかけだったのです。1969年の花時のことでした。私は人気のない山麓で爛漫たる花をつけている巨木の姿を見たとき、胸が震えるような感動を受けました。千数百年生き続けていて、今なお花を咲かせているとは、とても信じ難いことです。「この桜を撮るだけで、短く美しい音楽のような映画ができる」とその時思いました。

 それから2年後、私は妹と一緒にまたこの桜のところへ行きました。不思議な桜を是非見せたかったのです。妹はそれから1年後、満開の花時に癌で亡くなりました。人の命の果かなさに比べ、何という不思議な桜の寿命でしょう。「薄墨の桜」は私の心の中で、だんだん重たくなってきました。「この桜を撮らなければ」と思い、撮影を開始したのは桜に出会ってから3年半後のことでした。私は桜との2度の出会いの中で、言葉では説明し難い、ある気分を植えつけられていたのです。

 当時、岩波映画の社員演出家だった私は、カメラマンの西尾さんと共に、会社の仕事の合間をぬって桜のもとに通いました。大きな幹をめぐりながら2人は苦闘しました。樹の周りには、得もいわれぬ一種の雰囲気が立ち込めていて、私たちは恐ろしくなりました。季節が変わって訪れるたびに、私は樹の雰囲気にひたり、樹に話しかけながら、作品の形を作り上げていきました。そしてとうとう私がこの桜に対して抱いていた気分を映画として表現することができたのがこの「薄墨の桜」という作品です。わずか40分余りの作品ですが、私が表現したかったのは、私がこの桜に対して抱いた気分であり、この桜が醸し出す不思議な雰囲気です。

 撮影は本来なら、1年で終わる分量でしたが、仕事のやりくりがつかずに、2年半もかかり、完成までには4年かかりました。あまり長引くので、この映画はもう出来上がらないのではないかと心細くなったことも再三でした。でもスタッフの人たちの励ましと好意で、やっと出来上がったのです。

 それにしても、なぜ私が「薄墨の桜」にとりつかれたのでしょう。不思議な気がします。あの樹が私に呪文をかけたのではないか、とひそかに思っているのです。