撮影はこうして・・・

チベット難民の老女を主人公にしたこの映画がもっとも配慮しなければならなかったのは、
撮影隊が入っても主人公とその家族が日常生活の平静さを保たなければならないということであった。
それを可能にする前提条件はできていた。
監督の岩佐が映画を作る何年も前から彼女と親しかったこと、そして彼女自身が凛とした心の持ち主でカメラの前で身をやつすような人ではなかったことである。
実際に撮影段階に入るにあたって、工藤プロデューサーが出した方針は次のようなものだった。

カメラは小型デジタルカメラPD150。
スタッフは監督とカメラマンとチベット人コーディネーターの計3名。
カメラを回さない日がいくらあっても構わない、家族ごとカメラの存在を感じないようになってから始めればよい。
スケジュール消化のような撮影はしない。
以上の条件に対応できる若いカメラマンを選ぶ。
できるだけモゥモ チェンガの住む難民キャンプに宿泊し、食事をする。

この方針に従って、スタッフは述べ4ヶ月をチベット難民キャンプで主人公のモゥモ チェンガと共に暮らした。
とりわけカメラマンの田宮は全時間を共にした。
モゥモ チェンガとその家族は映画スタッフを家族と思い、キャンプの人々は映画スタッフをキャンプの住人のように思ってくれた。
やがてカメラの回る時間も、ごく自然な日常生活の延長線上の時間と化していった。
撮影された総計80時間の映像は、<モゥモ チェンガの暮らす日常の時間>として記録された。
1時間44分の作品は、さらにそこから選びとられた日常の断片である。