第五巻

やどのあるじはこれを見て 常盤御前にいだきつき 
いかにや申さん上臈(じょうろう)さま 先祖を名のらせ給うべし 
御あとを弔い申してまいらすべし いかにいかに と申されける

常盤 このよし聞こしめし いまはなにをかつつむべし 
はづかしながら自らは 源氏の大将義朝さまとちぎりをこめ わかを三人もうけしが 
兄今若は醍醐の寺 次乙若をば園城寺(おんじょうじ)
中にも三男牛若丸をば鞍馬の寺へのぼせしが 
去年十五の春の頃 行方も知らず見失い 神や仏のちかいにや 
奥は奥州佐藤が館(たち)にあるよしを風の便りに聞くよりも 
いまこの国までくだりきて 牛若丸には会わずして 
夜盗(よとう)のものの手にかかり はかなくなるこそ口惜しけれ 

自らむなしくなるならば 火葬にはすべからず 
道のほとりに土葬につき高札書いて立ててたべ 
恋しゆかしき牛若丸が 訪ねて都へのぼるならば くさのかげにて守るべし 

肌の守りとびんの髪 黒きの数珠をもとり出し 
これを形見に見せてたべ 
いとま申してさらばとて 西に向かって手を合せ 
自らを助け給えや 弥陀仏(みだほとけ) 
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)弥陀仏(みだぶつ)と 
その年つもり四十三と申すに あしたの露と消え給う 

さてもそののち やどの大夫は御遺言のごとくとて 
土葬につき 高札書いて立てられける

御曹司は 秀衡館(たち)におわしますが 
母の常盤を 暮るれば夢に見 明くれば又うつつおもかげに 
見えさせ給う不思議さに 秀衡館(たち)をば夜半(よわ)にまぎれて忍びいで 
都をさしてのぼらせ給う

夜を日についで いそがせ給えばほどもなく 
美濃の国にきこえたる 赤坂の宿に着かせ給うが 
山中まではあい三里のことなるに 
一夜の違いにて母の御目にかからせ給わぬ無残さよ

夜もほのぼのと明けければ 
赤坂をば発たせ給いて 山中宿にぞ着き給う 

宿のはずれを見給えば 新しき塚をつき高札書いて立ててあり 
ぬしの母とは知らずして立ち寄り御覧ずれば 念仏すすむる 
都の上臈(じょうろう)ただ二人と 書いてあるぞ不審なれ

なにとしてかはこれなる御墓(みはか)に心のとまる心地して 
行きてはかえり かえりては行き その日はそこにてくらされける

宿に立ち寄り おやど召され候ひしが 家多く 門(かど)多しと申せども 
夕べ常盤の討たれさせ給いたる ひとつおやどに  
とりあわせ給うことこそ不審なれ

第六巻

いかに牛若丸 たれに会わんとて はるばる都へのぼるぞや 
自らも汝に会わんためこの国までくだりきて 
夜盗(よとう)のものどもが手にかかり はかなくなりて候なり 
汝が自らが墓に立ち寄りしそのときに 
むぐらならばひしひしと とりつくほどに思えども 
穢土往生(えどおうじょう)のならいとて 思うに甲斐ぞなかりける 
自らが孝養には 六人の夜盗(よとう)のもの 一人なりとも討ち取りて給われ 
肌の守りとびんの髪 黒きの数珠をも やどの大夫に預けおく 
これを形見にせよ牛若丸  

御曹司は 夢覚めかっぱと起き 母の常盤にいだきつかんと召されしが
消えてそこにはなかりけり 
              
不思議やな 奥州にても明け暮れ夢に見えさせ給うが 
又この宿にても討たれさせ給いたるときく

やどの大夫を近づけて いかにや申さん大夫どの 
今日この頃 この宿にてなにごとか候ひつるぞ と問わせ給えば 

さん候過ぎつる夜 あづまくだりとうちみえて 
さも優なる上臈の 主従二人 おやど召されて候ひしが 
この宿の夜盗(よとう)どもが目にかけ 御小袖を奪いとるのみならず 
あまつさえ 御命を害し申して候ぞや 
もし そのゆかりの人にて候かとて 肌の守りとびんの髪 
黒きの数珠をもとりいだし 御曹司に奉る

御曹司は御覧じて びんの髪は知らねども 
黒き数珠 肌の守りに疑いなし 
黒き御数珠は 母上のもたせ給いたる御数珠なり 
肌の守りはいつつぞや それがし鞍馬の寺へあがりしとき 
母上さまのてづから縫うてたまわりし 

すこしきに合わずして それがしもたざれば 
母上の多年もたせ給いて候ひしが 
ついにこれが形見となりて候とて 顔にあて胸にあて 
今日よりのちはたれを父ともたれを母ともあおぐべしとて 
天に仰ぎ地に伏し 悶え焦がれて嘆かせ給う 

やどの大夫も どうりなり ことわりとて ともに涙を流しける

さてもそののち御曹司は 落つる涙を押しとどめ 
いかにや申さん大夫どの なにとぞして かの盗人ども謀り寄せて 
一人なりとも討ち取りて 母の孝養 奉ぜばやなと思うなり 
大夫いかに とありければ

かの盗人どもと申すは 屈強のものどもが 六人までこそ住まいする 
わがきみはただ一人なれば なにとしてかは かなわせ給うべし 
もし一人なりとも討たせ給うものならば 残る五人のものどもが 
必ず家を焼くべし 時節をお待ち候らへやわがきみさま とぞ申されける 
 
やどの女房これを聞き 
おろかなり大夫どの 六十にあまり七十に及んで なに命の惜しいぞや 
いかにや申さんわがきみさま 大夫頼まれ申さずば 自ら頼まれ申すべし 
心安くは思し召せ わがきみさま とぞ申されける 

きみは斜(なの)めに思し召し 
その気にてあるならば 座敷を飾りてたび給え 女房いかにとおおせける

うけたまわると申て 唐櫃(かろうど)より いろよき小袖を六十ばかりとりいだし 
なかのでい おもてのでい 簾台(れんだい)竿にかけ並べ 
黄金(こがね)づくりの御はかせ 白金(しろがね)づくりのお腰物をば 
おもてのでいに立て並べ 御曹司に奉る 
御曹司は御覧じて 斜(なの)めならずに思し召す