第三巻

なをも思いは 瀬田の唐橋 
涙とともにうちわたり

露はうかねど 草津の宿             

雨はふらねど 守山や   
               
篠原堤に 鳴海(なるみ)が原              

見てこそとおれ 鏡山  
愛知川渡れば 千鳥鳴く
              
小野の細道 ふみわけて
              
摺針峠にさしかかり
たちかえり見給えば

都のかたはまだ近く
急ぐ遠国(おんごく)見えもせず    

子ゆえの闇に迷うとは
いまこそ思い知られたれ

雪おれたけとは これとかや 

番場 醒ヶ井 柏原

清水にうつる かげみれば 
たれも恋せば やせぬべし  

いますがはらに たけくらべ 
寝物語をうちすぎて                

いそがせ給えばほどもなく 
美濃の国にきこえたる 山中の宿に着かれける  

さてもそののち常盤御前は 山中の宿に着かせ給うが 
このほどの旅の疲れかや 又奥州におわします牛若ぎみを 
恋しゆかしとおぼしめす その恋風邪やつもりけん 
かるき身に おもき病を引き受けて いまをかぎりと見え給う

めのと乳母の侍従はこれを見て 
こは情けなの次第やとて 

十二単の御小袖 又は乳母の五重ねの小袖をも 
あとやまくらにひきかけて よきに看病(かいびょう)つかまつる

第四巻

おそろしやなこの宿には 屈強の盗人どもが 
六人までこそ住まいする 

かれらが名をば聞くにつけても恐ろしや 
てんぴ いなづま はたたがみ せめくちの六郎に ほりの小六に 
よかはの太郎 いますの七郎とて 
屈強のものどもが 六人までこそ住まいする

なかにも又 せめくちの六郎は宿をまわりてたちかえり 

いかにや申さん めんめんたち ものを語らば聞きたまえ 
この宿のはずれには あづまくだりとうちみえて 
さも優(ゆう)なる上臈(じょうろう)の 御やどを召されて候ひしが 
いろよき小袖あまたあり いざおしよせて取らんという

夜盗(よとう)のもののふどうさは 否というものさらになし 
みなもっともと同じける 

すでにその夜も夜半ばかりのことなるに 
大夫が宿所におしよせ 
おもての門をば どうつきかけてうちやぶり 
中のでいまでみだれいり 
十二単の御小袖 または侍従が五重ねの小袖をも  
風に木の葉の散るごとく 
我も我もと奪いとり 門外さしていでにける

常盤このよし御覧じて 
情けなしとよ武士(もののふ)も もののあわれは知るぞかし 
小袖をひとつえさせよ なににてはだえを隠すべし 
よしくれずともちからなし 
いのちとともにとりてゆけや夜盗(よとう)のもの とぞおおせける

せめくちの六郎がこのよしを聞くよりも するするとたちかえり 
にくきおんなの夜中にたかき声かなとて 
あわれなるかな 常盤御前のたけと等しき黒髪を 手にくるくるとひんまいて 
腰の刀をするりと抜き かなたへとおれと三刀(みかたな)刺す

乳母(めのと)の侍従はこれを見て あら情けなの次第とて 
常盤御前に抱きつき 声も惜しまず たださめざめと泣きにける

ほりの小六がこれをみて 
汝もともにゆけやとて 抜いてもちたる太刀なれば 
二刀(ふたかたな)に害しつつ 門外さしてぞいでにける

やどの大夫はこれをきき 
なにとやらんおもてのでいのこと騒がしきとて 
たい松に火をたて 走りいでて見てみれば 
おやど召されし上臈(じょうろう)の 一人は縁の上 いま一人は縁の下に 
雪のはだえをひきかえて 濃き紅いと身をぞ染め いまをかぎりとみえ給う

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