第一巻

さてもそののち御曹司は 
十五と申せし春の頃 
奢る平家を攻めんため 
あづまをさしてくだらせ給う

急がせ給えばほどもなく 
奥は奥州佐藤が館(たち)へ着かせ給えば 

秀衡対面つかまつり 
山海の珍物に国土のくわしをととのえて 
主をさまざまに奉る 

このきみの御かほうは 
月にかさなり日にまさり 
申すばかりはなかりけり

ここにまた 物のあわれをとどめしは 
花の都におわします 母の常盤でとどめたり  

牛若ぎみを行方も知らず見失い 
やるかたもなき風情にて あきれはててぞおわします

ひごろは又 かりそめの詣でにも輿や車とのたまいしが 
子ゆえの闇に迷うとて 徒歩(かち)やはだしの風情にて 
乳母(めのと)の侍従を伴として 清水詣でを召されける

御前(おまえ)に参りつつ 鰐口(わにぐち)ちょうと打ち鳴らし 
南無や大悲(だいひ)の観世音 自ら御前に参ること べちの子細でさらになし 
牛若丸に今生にて いまひとたび対面させてたび給えと 
深く祈誓を召されけれども ついに利生(りしょう)のあらざれば

それよりも 八幡山へも百日詣でを召されける

これにも利生(りしょう)あらざれば あわれなるかな 
主従二人の人々は 紫野のふる御所さして帰らせ給いて 
明け暮れこれを嘆かせ給う

まことにはや神や仏のちかいにや 
その年の秋の頃 奥は奥州佐藤が館(たち)より
商人一人のぼりしが 
紫野のふる御所さして訪ねゆき 
牛若ぎみよりの御ことづての御状とて 
乳母の侍従に渡しける

常盤この文受け取りて さっと開いて御覧じて 
これみたまへや女房たち 牛若丸が今生にあるとだにも聞くならば 
いかなる野のすえ山の奥 たとえば火の中水の底へも訪ね行かんと思いしに 
奥は奥州佐藤が館(たち)にあると聞くこそ嬉しけれ 
いざくだらん 侍従いかにとおおせける


第二巻

侍従 このよしうけたまわり さることにては候へども 
それ遠国(おんごく)と申すは 
去年(こぞ)の雪の斑消(むらぎ)えに今年の雪の降り積もり 
寒月ふかき難所の道とうけたまわる 
春も半ばになるならば みな山々の雪も消え 木々の梢にときを得たらん 
そのときに くだらせ給えやわがきみさま 

春もなかばになりぬれば 常盤 侍従を近づけて 
頃はよきぞやいざくだらん 侍従いかに とおおせける

侍従 このよしうけたまわり 
そのきにてましまさば 旅の装束召し替えさせ給えや 
わがきみさま とぞ申されける  

常盤 斜(なの)めに思し召し ひとまどころにたちしのび  
肌には白き練り絹に 十二単を召されつつ 
かちんのはばきに あいかわのもみ足袋 いとのわらんぢ召されつつ 
市女笠にて顔隠し いまや遅しと待たせ給えば

同じく乳母(めのと)も 五重ねの小袖を着 
かちんのはばきにあいかわのもみ足袋 菅の小笠をかたぶけて
あわれなるかな 主従二人の人々は 
住み慣れさせ給いける 紫野のふる御所をば 
涙とともにたちいでて あづまをさしてくだらせ給う

加茂川渡れば 夜はほのぼのと 白河や

恋しゆかしき牛若を訪ねてくだる門出(かどんで)に 
粟田口こそうれしけれ

たれか これにて松原や

日ノ岡峠をうちすぎて 

関の明神ふし拝み

あとよりたれか 大津の浦

きえばやここに 粟津が原 

石山寺をふし拝み