『チベット2002〜ダラムサラより〜』 (68分)
ナレーター 范 文雀 ・ 和田 周 
インド北部の山間にあるダラムサラのマクロードガンジには、
チベット亡命政府があり、ダライラマ14世の住居がある。
この町にはチベット人の学校、図書館、病院などの施設があって、
チベット人達が1つの社会を形成して暮らしている。
そしてここにはインド、ネパールを始め世界に散らばるチベット難民(現人口約13万)の
中央政府の場でもある。
さらにチベット仏教に基ずく平和の発信地となったこの町は、チベット人のみならず、
平和を願う人々が世界の各地から集まってくる国際色豊かな聖地にもなったのである。
1949年、中国で共産党による革命が成功した。新しい中国は、
チベット人の意思とは関係なく「チベットは中国の一部」と称してチベットをその統制下に置こうとした。
それに抵抗するチベット人と、中国人民解放軍とが、チベット東部で小競り合いを始めたが、
その軋轢は1959年に頂点に達し、首都ラサで民衆が蜂起する。
そのとき、身の危険を察知してダライラマ14世と多くのチベット人がヒマラヤを越えてインド、
ネパールへと逃亡した。
インドは、チベット難民にダラムサラの地を提供し、ダライラマ14世とその一行はそこを亡命政府の所在地と定めた。
以来、中国とチベット難民の間には何らの解決もないまま、40年以上の歳月が経過した。
今もヒマラヤを超えて逃亡するチベット人は後を絶たない。
この間、直接間接中国の進攻によって生じたチベット人の死者の数は凡そ120万人に達すると言われる。
『チベット2002〜ダラムサラより〜』 の前半30分は、この間の事情を映像をとうして解説し、
後半36分は、直接ダライラマ14世に映画、宗教、政治、男女の性差別、チベット人の心など、
多岐にわたって語っていただいたインタビュウシーンで構成されたものである。